尾鷲・オハイ

日時2023年4月8日 ~ 9日
山域三重県・尾鷲
参加者山本て

日程

4月8日自宅(0700) === 豊田東IC(0724) =H= 菰野IC(0820) === 蝙蝠峠(0930) === 道の駅美杉(1123) === 主婦の店尾鷲店(1456)<買い出し> === 夢古道おわせ(1536)<入浴> === 展望の丘(の下)(1700)<泊>
4月9日TS1(0500,0655) === 旧九鬼中PKG(0710,0725) — 頂山手前(引き返す)(0820) — 九鬼中P(0855,0905)<靴交換> — 網干場(アババ)分岐(0920) — (迷う)— 九鬼遊歩道へ戻る(0955) — オハイ分岐(1025) — オハイ(1030,1110)<休憩&見学> — 九鬼漁港(1210) — 九鬼中P(1220) === 浜焼き屋(1245)<ブリ刺身定食> === 尾鷲北IC(1345) === 岡崎IC(1625)

日誌

 8、9日の(私にとっての)連休は、嫁が出かけるために留守番の予定だった。だが急遽留守番しなくてよいことになり、前から気になっていたオハイへ行くことにした。連休なのでツーリングも兼ねることにして、蘇洞門(若狭)とこのオハイの両方の計画を立案し、天気予報を見てオハイに決定。前日に急いで荷造りをし、計画書を作成した。
 5時半に起き、朝食後、荷物を積んで出発。豊田東からは高速で菰野へ。御在所で登山客を横目に見つつ山を越え、鈴鹿山脈沿いに南下する。国一に出たり、名阪国道に出たり、変なルートなので車がいない、加えて峠道が楽しい。だが山に入ると寒くなってきて、羽毛服とカッパのズボンを装着する。しかも途中で雨が降ってきた。天気がよいと思っていたのに。濡れると余計に寒くなるので、カッパの上も着ることにした。
 予定したルートが通行止めだったのに、計画よりかなり早く尾鷲市街に入った。かなり時間が余ったので、翌日行く予定だった夢古道おわせ(入浴施設)に行って風呂に入る。スーパーで刺身などつまみと鍋の食材、酒類を購入し、展望の丘という所へ向う。近くにキャンプ場がなかったので、今回は無人のPで野宿する。予定したPに着いたが、展望がなかった事と風があたる場所だったので、道中にあった広い路側帯まで戻って、そこにテントを張った。
 ラジオを忘れ、電波も入らない所だったので、ビール3本と食事を済ませて早々に眠った、

 翌朝、食べ残した鍋にラーメンを入れて朝食にし、テントを片付けて出発。九鬼中の跡地(?)が登山者用の駐車場になっており、そこにバイクを停め登山の準備をする。
 九鬼の町を抜けて頂山に向かうが、30分ほど登った所で靴のソールが剥れてきた。悩んだ末、引き返すことにする。時間はあるので、バイク用の靴で海沿いの道でオハイに行くことにした。一旦駐車場まで戻り、靴を履き替え、九鬼遊歩道を目指す。九鬼の町を抜けるが、空き家が目立つ。10年後、どうなっているのだろうか…。
 網干場分岐、という看板を見て、すぐ本来のルートに戻れるならちょっと行ってみるかと進んだら、いつの間にか道が消えていて、元に戻るために朽ちた檜を乗り越えて進む羽目に。ちょっとあせった。
 元の快適なルートに戻って進み、オハイに到着。目の前に広がる景色に驚く。昔行った屋久島を思い出した。広い斜面の岩場の先は青い海。絶景。岩場の両端には、切れ込んだ入江のような場所もあり、そこは高さ50~80mもありそうな絶壁になっており足がすくむ。
 一通り見たので、来た道を引き返す。駐車場に戻り、途中で見たお店で桜ブリ刺身定食とノンアルを頂く。美味。恐らく地元のケーブルTVのカメラマンが取材に来ていて、食べている所をインタビューされた。
 後は尾鷲北ICから岡崎まで高速で帰り、明るい内に自宅に到着した。
 

感想

オハイの絶景はすばらしかったが、ソールが剥れたってのは山屋としては情けない限り。山で剥れてから、そういや端の方が剥れ出してたな~、と思いだした。
ブロックパターンの使用例として、歩きよりツーリング寄りの記録ですが、アップする事にしました。

バイクでの移動も含めた軌跡を表示しています。山行の軌跡は下の地図の下部を拡大して見てください

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